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鞄の中を欲しいもので埋める自信が欲しいデイズ あと6ヶ月
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彼女様の誕生祝いにこの3日間行ってきてました。

感じたことをいくつかメモ程度に吐き出してみます。

・自分の生活って意外とミニマムなものでいいんだろな感

正直物欲も承認欲求もあまりない(今の状態だからかもだけど、もともとそうな気がする)
性格で、連絡を取る相手も都度用事がある人程度で自分の生活は成り立ってるんだなーと感じた。
悲観ではなく、自分のやりたいことや集中を妨げられるのが嫌な性格なので自然にそれを選んできたということでしょうか。
自分としてもそれが望ましいと思う。多くの人に貢献できるタイプではないし、手の届く範囲を大事にしていきましょう。


・好きのアンテナを張るって意外と難しい

彼女様のこれっていいよね!って表現できること、選択ができることが非常に羨ましく感じた。
そうやって好きのアンテナを使って暮らしを作っていくって、とってもワクワクできる生き方だなあと。
あの子といれば自分もそれができそうな気がする。楽しみだ


・何も考えないことが一番難しい
自分は色々と物事を考えすぎる頭でっかちなのだということを痛感。
時間をかければ、考えれば打開できるはずだとの思想?が強すぎて常に脳内ぐーるぐる。
それは疲れますわ。
楽器を弾くこと、散歩すること、本を読むこと・・・など
自分が考えないで没頭?できることをリストアップしてみて、
その日の体調に合わせ組み合わせられたらいいストレスマネジメントな気がする。


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こんばんは。
大絶賛療養中の田中です。

現在概ね健康。ぼーっとしてしまうのが薬の作用なのか、そういう精神的な回復期なのかは不明。

今日は彼女の家族に会いに行ってきた。
お子さんたちと散歩に行ったのだけど、お兄ちゃんが弟君の面倒をしっかりみていて。
兄ってこんな風に、下の子の面倒を見ながら育つんだなってものすごく感動した。

僕は末っ子だから、誰かの機嫌のフォローについて意識したことなんてなかったなーと。
小学生の男の子を心底尊敬した。

気遣いとか人の気持ちを察するとかが本当に苦手意識があるのだけど、
苦手以前に、そういう目線での体験が少ないんだなと感じた。

だからいつも、場の空気が悪くなるとそこからの回復法がわからないのだ。
そう感じたから、人と関わることを意識的にやってみようと思った。

しっかりお兄ちゃんをしていた彼は、二人で温泉に入りながら話すと等身大のはにかみがちな男の子だった。
この子はどう接されるのが嬉しいんだろう、どこまで干渉していいかな?などいろいろなことを考えながら話していた。(まあもともとの誰にでもいい顔をしてしまう性格ゆえでもあるけれど)
彼はしっかり心を開いてくれて、笑って受け答えしてくれるようになった。

僕は人と接することの経験値が少ない気がするから、
こんな風に少しだけ意識しながら、人ときちんと関わってみようと思う。

今日は成功。こうやってすこしずつ積み上げていきましょう。
こんばんは。へっぽこ丸です。

まずは現状について報告を。
適応障害という精神障害にかかりました。

とある業界の過酷さ、業務時間の過酷さなども一因だとは思うけれども、
何度か患ってる身から考えることは「ちょっと甘えじゃない?無理だと思った時のリセット手段になってない?」ということ。

辛かった気持ちよりも、やってみたかったこと、クリエイティブな仕事を生業にしきれなかったことの悔しさが休職してストレスフリーな環境に身を置いてみて湧き上がります。
あとは快適さ。どうやら僕はかなりの楽がしたい人間であるということを認めた方がいいみたい。

仕事にやりがいは欲しかったけれど、ストイックすぎる環境にいたくないと思ってしまったのだ。
(職場のものづくりに対する真摯さはすごいと思う、そこは本当に尊敬するのだ)
どれだけ頑張っても「ここがよかった」という声ももらえず、注意されることが多かったということは、不向きだったのだろう。

本音を言うと、「一年目で何も経験がない君に全部を最初からやらせるのは無理があると思う。出来なくて当たり前だよ」という声があるなら、毎回一つくらい認めて欲しかったとは思う。

とにかく、計画、実行、確認、改善のサイクルを回すにはひたすらに時間が足りず、改善もできないままに失敗を続ける。そんな負のスパイラルに陥っているのを感じていた。
情けなくも、体と心が「逃げたい」と思ってしまったのだ。

言い訳をすると、通常の業務を回すのに月60〜80時間残業しても足りなかったし、「それでも好きだから」で頑張れるレベルの覚悟はなかった。


今回の件で自分に対する信頼がまた減ってしまった。
まだまだ自分のことを知らなかったのだ。

「やりがいが欲しいと言うけど、どこまで頑張れるの?」
「やると決めたことを実行できる人間なの?」

そんな問いを自分にしながら生きてみようと、
今は予定を立てること、行動すること、後回しにしないことを気をつけている。

概ね、うまくいっているように感じている。
「結構ハードな仕事してたから、これくらいは簡単だぜ!」とすら思えてしまう。
お仕事サマサマ、これまで頑張った自分も少しくらいは褒めてあげたいものである。

という風に、きちんと自分を認めてあげること。
それが精神を患いやすい人への特効薬なのではないかと思う。

事実僕は学校、前の職場、今回の職場、全てにおいて失敗や無力感に耐えられず、「逃げ」を選ばざるを得なかったのだ。
「出来ない自分」を受け入れて、できることを増やしていこう。
楽器弾けたり、料理作れたり、好きなことが結構あったり。
そんな自分が仕事までこなせて普通に生活できたら最高じゃない?みたいな発想の方が生きやすいと思う。
今は、とりあえず行動すること、そして形に残る結果を出すこと(そのための継続)
を自分に課していく。

それを続けて、自分を許せる日が来ますように。
そしたら、もっといろんな人に幸せを分けてあげられると思う。

幸せを感じづらいのに、好きな人たちに何か与えようと頑張っちゃう自分。
結構無理してたんですかね?
でも、当然のサイクルだと思うから、それを回せる強さが欲しいと思うのです。

感情で敬語になったりならなかったりするあたり文章力はやっぱりクソ。
気づいてはいるけど「まあいいか」で見過ごす癖があること、仕事でそれが厳禁なことを痛いほど学んだのにこの体たらくである。
ドゥヒン。


2018年、終わりましたね。
あけましておめでとうございます。

まず第一に、去年お世話になった人たちへのお礼を。
本当にありがとうございました。
いろいろなことがあって、そのたびに助けられたり、勇気をもらったりしました。
これからも少しずつ、一緒に歩いていけたらなと思っています。

最近難しいなと思うのが、身近な人にちゃんと感謝すること。
一番近くにいて助けてくれたり、一緒になにかやってくれている人たちにもっと何かできる気がするし、ちゃんとコミュニケーションをとらなきゃいけないと重々わかっているのに、いろんなことがわからずぞんざいに扱われてるように感じてないかな、って不安がある。
不安を感じるってことは、その自覚があるんじゃないか・・・なんて考えてぐるぐる回る。

今の自分なら、まずは形で示さないと伝える機会すらないんだって思うから、
新年っていう機会に乗じてがんばってみようと思う。
今年も一緒にいれたら嬉しいです。


ふたつめ。
去年、いろいろありました。
自分の甘さが招いた(そのへんを書くとものすごく複雑になるのだけど)結果だと思うけど、少しメンタルをやらかしました。
そこで自分の限界というか、自分を守ることを学んでセーブしたりも多いのだけど、普通の人が過ごすフィールドに戻りたいと思って、そこに立ってるって決めたんなら甘いんじゃないかって思うことが多い。
不機嫌になることも多いし、「自分はこういう人間だから」で諦めてコミュニケーションを放棄する場面が最近目立つ。
全部を拾い上げて誰にでも好かれようとするやたら大変な性格を改善しようと頑張っている最中のような、それを言い訳に逃げ回っているような。
最近、自分が変わっているのだと結構自覚が出てきた。
それは声を大にして言うことではないけど、無理をすることでもない。
ちゃんとした信頼関係を築いていく、ってこと。

みっつめ。
圧倒的に努力が足りない。
どの方面でも実力が求められるところにあるなと思う。
力がない自分にイライラしっぱなし。
人に目をむけてもらえてるなら、もっといい形でやってみたい。
足踏みせずに動ける人間になりたいと思う。

一個一個やっていくしかないけど、
毎日を過ごして「このままじゃまずくないか」って予感を膨らませすぎないように(これで人は勝手に潰れていくのだと思う」
人に頼りながら、自分でも立っていこうと思う。

自分でも嫌になるくらい、僕は排他的で怒りっぽい。
その自分を通したいなら実力がいる。
いろんな人とうまくやっていくならまた違った力がいる。
なんかすごい生きづらい人間みたいで少し悲しくなるけど、生まれ持っちゃったものを抱えながら完走しましょう。

なんだか悲観的になってしまったけど、
今年はもっといい年にできると思う。
友達、先輩方、かわいくて仕方ない後輩たち、今年もよろしくおねがいします。
2018年をちゃんと生きさせてくれてありがとう。
こんばんは。田中です。

転職して3週ほど、やっと初めてのお給料をいただきます。
こうやって、少しずつ積み重ねて力をつけていこう。
未来はどんなに待っててもやってこないもの 今をひたすらにただ重ねていくもの
と大好きな歌が歌ってます。

やけになって止まったり、投げ出してしまうんじゃなくて、
少しずつでも前に進んでいきたいもんです。

最近思ったこと。
自分がかろうじて誇れるというか、大事にできてるものって
結局長い時間をかけて続けてきたものだなと思う

だから、どうだこうだ言う前に、時間をかけて自分なりのこだわりが出てくるまでやってみようと思う。
それまでは、くだらないことは考えないようにする。

あと、自分が怒ることはたまに正当な理由があったりする。
自分が怒ったからって全面的に相手が悪いわけでもないし、自分に原因があったりするもんなんだけど、
「あー自分これが嫌なんやな、そうだよな」くらいに認めてあげるのは大事だなあと思った。

僕は結構自分を安売りする癖がある。
場が盛り上がるなら自分のこと下げてでも笑ってもらいたいな、みたいな価値観。
自分も雀の涙くらいのプライドはあるのに下手くそだからやりすぎたり、
相手も下手くそでラインをはかり間違えたり。
そういうミスマッチはままある。

怒った自分はまあ認めてあげて、お前も距離の測り方、コミュニケーションが下手くそだよと自分にちょこっと注意する。
ちょっとエコな怒り方をするように気をつける

「君は周りのために自分から傷ついててすごいね」って捉えてくれるパッケージングの天才にたまに出会えたり、
「お前のそういう周りに合わせるとこ、正直すごい嫌い」
って面と向かって言ってくれる友達がいたりもする。
どっちもどっちでいいやつだなーと思う。たまに思い出して救われてるんだけど感謝用口座とか設けとけ?一口1000円で振り込むよ。

自分下げるか、過激にするか、付け焼き刃の「さしすせそ」しかできないからもっとコミュニケーションがうまくなりたいねって話。

ふとこみあげる侘しさに人は一人では生きていけないのだと実感しながらも、
自分があまり魅力的な人間じゃないのを痛感するのもなあと二の足を踏みながらも時間は過ぎていく。
そんな26歳の秋の夜。

ぼちぼち、頑張っていきましょうね。
ちょっと噛みました。タナカです。
お久しぶりです。


この10月は人生最後の長期夏休み(にしたいなあ)ということで、いろいろなことをしようと思っていたんだけど、
思っていたよりはできなかったり、それでもなんとか充実だったり苦労だったりしながら生きていました。
やたら難しい曲に挑戦してみたり、新しい住居に引っ越してそれなりに納得できる家具を揃えてみたり。
支えてくれた家族と、なかなかこんなことできないねって話しながら、旅行に行ったりもしました。

普通に生きるというものは難しいもので、これくらい頑張れば普通かしらなんて考えながらいろいろやってました。ものぐさなのは自分で痛いほどわかってるから。


11月から仕事が始まります。
いろいろなことを考えたけど、今この場所でできることから積み重ねていこうと決めた。
26になって大人として、積み重ねて、自分の意見をきちんと持って生きていきたいと思うから。
あの場所に行けば、あんなことができたら・・・とか自分の座標から離れたことじゃなくて、できることから積み重ねて行こうと思う。
ゆっくりでも、続ければ自分にしかできないことが生まれてくるんやで。多分。

それはバンドでもほとほと思う。
自分なんかなあ、と思うことは多々あるけれど、積み重ねてきたメンバーとのライブとか、そこで生まれた関係とかは替えの効かないもので、なんとか看板掲げててほんとよかったなあと思ってる。
これからもよろしくね。できれば一緒に面白い景色を見てたいと思ってますよ。
一人ひとりに言いたいことはあるんだけど、いつか大事な席で直接伝えたろ!

まあなんとかここまできました。
辛かったらまたこのあたりに戻っておいでと自分に言い聞かせてみる。
いたい人たちと胸張っているために、これ以上下がりたくないなーなんて思ってる10月終わりの自分。ふふふ

まあそんなこんなだ。

あ、枕オーダーしました。
その寝心地を今日から確かめるぜっ
こんばんは、20時半、眠いです。
家族と夕食を食べに行った。オードブル形式ではりきって食べ過ぎた。
ほうれん草の炒め物が好きで、注文したらほうれん草はなくて、ツルムラサキを代わりに出してくれたのだけど、美味しかった。
父も最近元気がなかったので、いい気分転換になったんじゃないかな。

またまた40km走。今日は涼しかった数日前と違って蒸し暑くて、走っても走っても熱が抜けない感じできつかった。
しかしまあ、強めの逆風に見舞われまくったのに平均時速は最高クラスの23キロ。
順調、順調。
しかも夕方に注文してたサイクルコンピュータが届いてた。
ケイデンス測ってトレーニングできるようになるぞ〜

昼。整体の予約を入れていたのに今日が20日だと勘違いして遅れる痛恨のミス。
世間に出ないとまじで日にちの感覚が・・・しっかり〜
今回初のところだったけど、自分の体の情報をしっかり認知するよう指導されながら、施術を受けたように思う。
足をまげたら連動する股関節の動きを感じるか、とか。
随意筋なんていうけど、意識できるとこは血が通ってる、とかなのかな?
写真も撮ってもらったけどまあ猫背。そして首が前に出てる。
綺麗な姿勢の人はやっぱり魅力的だし、気をつけたい。
正しい姿勢の感覚を知れた気がするから、意識していこう〜
骨盤、腰あたりの意識よりも、胸の中央凹み部分あたりを前に出すように気をつけるといいそうだ。

重松清の「たんぽぽ団地のひみつ」を読み進める。
導入がミスリードというか、タイムスリップを意識させてくるのでまさか!?と思ったけど違うっぽい。
重松清のタイムスリップものは外れねえな〜流星ワゴンとかさ〜とか内心ファン心にどやってたのだけど、違うみたい。はずかし。
素直だけどちょっと多感というか、大人びちゃってる感じがある主人公の女の子の視点がかわいいな〜と思う。
自分にないものを求めるのか、ちゃんと感じて反応する人は魅力的やな、と思う。
自分の素直な声なんて、なかなか聞こえなくなったのか、聞かなくなったのか。
よくわからないけど、自分の中にある主張を持ってる子供、みたいなのを出さなくなったなあと思う。
笑ったり飛び跳ねたり、したいのにしてないのか、それともただの「なりたい自分」なのか。
これもうわかんねえな?

でも、やっぱり気持ちの動きとかを書く小説は、読んでるとそういう、自分の中に抱えてる言葉とかに向き合うことになるなあと思う。なんででしょうね。
いまなら作中の子供の目線も、ふさぎがちな男の子の両親とか、主人公の親の「フクザツな」ところも共感できる。
主人公のおじいちゃんの無口で頑固だけど精一杯の愛情表現も、微笑ましく思える。
一旦、自分のリアルな環境から離れて客観的に人を見れるのだと思う。
そこが、人を書くのがうまい重松清の実力なのかもしれないけど。
どんな展開になってくのか、またまた楽しみ。

わけわからん小説の効果について書いたけど、でてくるのは嫌な気持ちより、暖かい感情だったりする。
あの人好きだなーとか、また会いたいなとか。
腰の重い人間だしなかなか実行には写せないけど、人のことを思えるのは幸せなことである。
自分の中のしるしみたいにそういうものを書き残しておく。すこしキザ。


思ったことも、こんなとこでも出しておかないと、腐っちまうと思うのです。
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HN:
(;`皿´)
性別:
男性
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学生
自己紹介:
二次元がすきです。 でも、ねこさんのほうがもーっとすきです。
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